「目は口程に物を言う」
誰が言い出したのか、
よく出来たことわざである。
言葉はなくとも、
愛ある眼差しは相手に伝わる、
という意味で、
経験上でも共感できることわざ。
そして、
もう少し踏み込んでみると、
その“目”を読み取るのも、
また“目”だということ。
つまり、
愛ある眼差しと分かるのは、
愛ある眼差しを知っているからであり、
愛なき眼差しと分かるのも、
愛なき眼差しを知っているからであり、
言い換えれば、
「目は耳程に物を聴く」
ということ。
いろんな経験をして、
いろんな感情になることで、
僕たちは僕たちを分かり合えるわけで、
僕たちは僕たちを思い合えるのである。
・・・と、
何だかカッコイイことを言っているようで、
ちょっと何言ってるか分からない、
いま僕はそんな眼差しをしている(笑)
哀しいかな、
大人はいろんな経験や感情を知っているから、
逆に疑い深くなってしまうのだろう。
本日1月3日は語呂合わせ、
「ひとみ」から『瞳の日』
「瞳」という漢字は、
「童」の「目」と書く。
つまり、
“子供の目”であり“純粋な目”
酸いも甘いも知る大人も、
「瞳」を大切にしたいものである。
さてさて、
心理学において有名なのは、
眼球の動きと人の心理状態の関係。
「目は口程に物を言う」は、
そういう意味でも当てはまることわざ。
例えば、
目が左上を向いているときは、
過去のことを思い出している、
だとか、
好きな物や人を見るときは、
瞳孔が大きくなっている、
だとか。
僕がグレン・ヒューズを見るときは、
瞳孔パッカ~ンなのだろう(笑)
そして、
目が右上を向いているときは、
未来を想像しているのだそう。
長々と書いてしまったけど、
ズバリ「タイトル」の意味は、
スタートしたばかりの2025年、
明るい一年を想像して歩きましょう!
ということだ(^^)

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